仕事から解放されるということは思ったより悪いものではない、48年も水族館の館長という経営者を続けたわけだから、波乱の歴史とともに責任の2字は重かった。
重圧は目に見えるわけではないのだがこれが消えると思うと、しばらくはその開放感を満喫して居たいという思いが強くわいてきた、これまで自分を縛っていたすべてを放り出して自由を満喫したかったのだ。
ただの願望に過ぎないかも知れないが、どんな仕事やサークルにも属さず、誰かに呼ばれても行かず、物書きもせず、この世のもろもろ全てと縁を切りたい感覚といえば分かりやすいかもしれない。
現役時代に水族館のホームページに長く書き連ねた「館長人情話」も、引退したことを契機に書くことから身を引きたかったし、もう自分の時代は終わったのだ次を担う若い人たちが何か書いてくれたら、これもまた新しい魅力になるだろうと思っていた。
しかし4月が過ぎて5月の末ころから、また何かが体の中で目が覚めたような感覚に気が付いた、意外に早かった、体の中に何かさわやかな水が流れているのだ、何か変わっていた。
恐らく5月の末に「イワナ釣り」に行ったあの時の感動が、怠惰を貪っていた自分の心にカツを入れてくれたのだろう、他に思い当たる節はない、そして又何か書いてみようかな、、、との思いも湧いてきたのだ。
やっぱり趣味を持っているのは良いことだ、現役時代とは違うのんびりした生き方の中で畑つくりや果樹の栽培,甲斐犬との暮らし、たまに出かける講演旅行、そしてまた始めた釣りのことなどを書いてみようと思う。
もう現役時代のような波乱万丈の物語は生まれないが、その後のクラゲ館長の暮らしにも少し興味を持っていただけたら嬉しい、生きがいになる気がする。
村上龍男