震災が起きた年だからだろうか。一喜一憂しながら過ぎた今年の時間は、これまでに経験したことのない速さだった。ガソリン不足と流通が止まったあの暗闇がつい昨日のように思い出される。
「イワナ釣りの友」でもあるアクアマリンふくしまの安部館長は、復旧に1年はかかるだろうと見られていた震災後の開館を、わずか4か月ほどで成し遂げて仲間たちをあっと驚かせていたが、原発事故の影響を受けていまだに入館者が減少したままだと聞いている。
震災、原発事故と太平洋側の多くの人の受けた被害は、これからまだどれ位続くのか。それを思うと、自分の今を喜んでばかりはおれないが、少し近況報告をしたい。
この10月30日に加茂水族館が新しく建て替えられるための「本設計」が、鶴岡市より東京の設計業者に契約されて正式に着工に向けて動き始めた。そして記者発表が11月2日にされ、日々地元の新聞をにぎわしている。
予定通りに進めば来年の10月には、目の前の駐車場で工事が始まることになる。これで3年前から始まった新水族館着工に向けた取り組みは、いよいよ最終章を迎えることになる。「館長、今の心境は・・・?」と聞かれるが、とても一言では気持ちを表すことが出来ない。
私はこの小さな水族館で46年を過ごしてきた。この間の出来事は多すぎてまた波乱に満ちていて簡単に語ることは出来ない。この点について、実績ではとても及ばないが、苦労話だけならどん底から立ち直って日本一繁盛動物園になった「旭山動物園」に負けないほどある。
ここで一つ後世のために書き残しておきたい思いがある。それはこの新しい水族館計画のほとんどすべて「規模から内容」まで、加茂水族館のスタッフの考えをそのまま鶴岡市が受け入れて、大金をかけて実現しようとしてくれていることである。
民営の水族館ならいざ知らず、公立の水族館となると大部分は現場の考えは一部に取り入れられるだけということが多い。それはどうしても市民や議会、マスコミなどの批判にさらされる立場にある関係上、見通しのはっきりとした説明のしやすいものに偏らざるを得ないという事情がある。
加茂水族館のような世界にまだ一つも存在しない「クラゲを見せる水族館」を建設するとなると、他に前例や参考になる施設はないことになる。これを提案した私どもスタッフを信じるかどうかの判断に掛かってくるわけで、市としても真に大きなチャレンジをしてくれたことになる。
旭山動物園に例があるが、ここまで現場を信用して仕事をさせてくれる例はめったにない。成行き上責任のすべては館長が背負うことになるが、その緊張感よりも信じてもらえたという感謝の気持ちのほうが大きい。男冥利に尽きるな・・・と思う。
開館まであと2年半ある。クラゲという厄介な相手は、なかなかこれでもう新水族館は安心だ、というお墨付きを与えてくれない。感謝と緊張が入り混じった今の気持ちは開館しても続くことになるだろう。鶴岡市の他にも、ここまで支えてくれた多くの人に感謝したいと思う。