ついこの間右目の手術をした。目の玉の表面に脂肪のようなものが溜まって次第に厚くなり、いつもゴロゴロと瞼の裏を刺激して痛かった。翼状片というのが正式な病名になる。
なぜそんな厄介なものが目の表面に溜まるのかは聞いてみたがはっきりした返事はなかった。陽にあたることの多い人に出やすいのだとか。そう言われれば磯にイワナにと釣りばかりしていた自分にはそのまま当てはまることになる。
白く目立ってもみっともないし、早いところ削り取ればその後楽になるのは分かっていたが、ついつい延ばし延ばしして今になってしまった。
翼状片を削ったのは今度が初めてではない。市内の滝沢眼科で反対側の左の眼を削り取ってもらったのが20年以上も前になる。
其のときすでに右の眼にも結構広がっていたのだから、もう20年以上も延ばしたことになる。その理由はとにかく目の玉に注射されるのが怖かったからだ。目がとじない様に枠をはめられて麻酔のための注射器が、鋭い針を先につけて迫ってくるのだから恐ろしいことこの上ない。
20年前も決心がつくまで15分も待合室の椅子に座って考えていた。やめて帰ろうかとも思ったがここまで来て引き返したら男が廃ると思い腹に力を入れて削ってもらった。
情けないがその時の思いが強く残っていたから、延ばしに延ばしてしまったのだ。これも引退が迫った今身辺整理の一つと思い決着をつける決心がついたのだ。
眼帯は翌日だけだった。仕事を休んだのは3日だけでその後は運転も許可が出て目薬を持参して出勤した。その後4~5日は鈍痛と、涙に悩まされた。頭が重く首筋が張って体調が悪かった。目の玉ひとつ具合が悪いだけで世の中が暗く沈んで見える。やはり健康はありがたい。
7日目の昼ごろだった館長の机に座ったまま、目薬を注した。「オッと失敗した。反対の左の眼に注してしまった。」我ながら可笑しくなって「ボケた訳でもないただ単純ミスだ」と大きな声を出した。
ここで遠い昔の似たような出来事が甦ったのだから、このミスには感謝せねばなるまい。昭和の45年ごろだと思う。加茂水族館には「サルが島」があり20頭のアカゲザルが放し飼いにされていた。群れの中に1頭だけ「ブタオザル」の雄が混じっていた。
人によく慣れていて面白かったのだが、いつのことだったか飼育員の出入りする扉に右腕を挟んで骨折したことが有った。ブランとぶら下がった手が痛々しく添え木をして少しでも早く直してやろうとした。
2人がかりで右手に添え木をして包帯で縛り上げた。終わって様子を見ていたら縛られた手で餌を食い、何事もなかったようにその手を使って岩山に登っていった。「サルは大したもんだノー、縛ったとたんにもう治ったようだ。」人間なら2~3か月も使えぬはずの手だった。見ていた者は皆がびっくりした。
いくらサルとは言えそんなはずは無かったのだ。よくよく見たら「間違えて反対の手を縛っていた」どうしようもないへまだった。サルだったから笑い話で済んだがこれが人間で、間違えたのがお医者さんだったらとんでもない騒動になっただろう。
目薬ひとつで遠い昔の面白かった出来事が甦ったのだから、これも良しとしたい。